July 15, 2009
26歳になったら自殺しようと思っていた。 だから、26歳までは自分のやりたいことを好きなようにやろうと思った。どこをどう間違えたのか26歳のとき子供を産んだ。私にとっては26歳以降は本当はなかった余生だから、私の時間はみんな子供にあげた。周りの人は「良いお母さん」だと言ってくれるけど、中には「あんたはご立派ね」とか言って嫌がらせしてくるママ友もいるけど、別に習い事したいとか自分の時間持ちたいとかパチンコしたいとかお茶したいとか、自分の欲望が無かっただけで、子供に人生捧げるのがいいと思ったわけじゃない。 自分のために生きられないなら、他人のために時間を使えばいい。終わった人生ならもったいなくないでしょ。
July 9, 2009
クマンバチとは、ずんぐりした大きなハチの俗称ですが、一般的に「クマンバチ」と呼ばれているハチは物理学的に考えると、あの羽、体重、筋肉で飛ぶことは理論上不可能であると考えられています。 大型計算機を使った計算でも、「クマンバチは理論上飛べない」という結論に至りました。 しかし、何故クマンバチが飛んでいられるのかというと、ある航空力学を研究している大学教授が発表したコラムによると、「クマンバチは自分が飛べると信じているから飛べるんだ!」と書かれていたそうです。
現在はレイノルズ数を計算に入れることで飛行法は証明されているが、ここからクマバチは「不可能を可能にする」象徴とされ、しばしば会社やスポーツチームのシンボルマークとして使われる。
髪きって
証明写真とって
作品つくって
コンペ出して
プレゼンして
卒制作って
とにかく本つくって
アタックして
なんとかして
最終的に
絶対キレイになってやる!
July 7, 2009
マイミクの「人って、独りで生まれてきて、独りで死んでゆくんだよね…。淋しいね」っていうスイーツ日記に「ヤムチャとサイバイマンは一緒に死んだよ。」ってコメントがあった。ミクシィコミュも捨てたもんじゃない。
ユーカリの葉はかなり強い毒が含まれている。 そのため、それを赤子の頃から主食としているコアラどもは常に酩酊している。 いちど、研究者がコアラをユーカリ以外の食品で飼育したことがあった。 するとコアラは実にアグレッシブな動物に成長し、軽快なフットワークと電光のような動きで飼育係を翻弄したという。
July 6, 2009

その会社は、お茶汲みで倒産しかけたのだという。

なんでも、その会社は原因不明の業績悪化にあえいでいたんだそうだ。いろんなところをチェックしてみても、どうしても悪影響を及ぼすような原因が見付からない。どうしたものかと途方に暮れていたらしい。

そんなとき、その業績悪化が始まる直前に寿退社したOLがいることに気付いた。そのOLはお茶汲みくらいしかしてなくて、抜けたくらいで経営に打撃が与えられるとも思えない。しかし他に原因らしい原因も見当たらないし……ということで、経営陣はこのOLさんのところを訪れて、とにかく話を聞いてみることにした。

元OLさんは「たいしたことはしておりませんでしたが……」と遠慮がちに自分のやっていた仕事を語りはじめた。

まず茶葉を仕入れて来ると、それを一度全部あけて、葉と茎に分別する。誰よりも早く会社に着き、全員の机をきれいに拭く。

そして出社して来る社員たちの顔見ながら、一人一人にお茶を淹れる。

このとき、少し元気が無さそうな人を見付けたら、前もって分別しておいた茎をお茶にちょこんと立ててやるのだそうだ。そう、茶柱を立てておくのである。

「私のやっていたことはそれだけです」

「私がドラえもんだったらどうする?」

って、何が欲しいのかなぁって意味で聞いたつもりだったけど、

ちょっと考えて

「どら焼きをあげる。」

って。何かこみあげてくる喜びがありました。

クリエイティブな素晴らしいアイデアは(もしあるとすれば)頭の奥底に眠っている。しかし、普段はほかの簡単に思いつくような「陳腐なアイデア」で頭がいっぱいで、「素晴らしいアイデア」の出てくる余地がない。したがって、すべきことは「素晴らしいアイデア」を積極的に考え出すことではなく、「素晴らしいアイデア」が自然に出てこられるように多くの「陳腐なアイデア」を頭から追い出すことである。ブレインストーミングで出てくる最初の2/3のアイデアを紙(頭の外)に書くのは、後半1/3のアイデアを導き出すスペースを頭の中に作り出すための仕掛けである。
そのうち、ウォーホルはまた気がついた。「新しいものとはわからないものなんだ」ということである。それが何かさえわからないもの、それだけが新しいものなのだ。ということは、「これ、わからないね」と言われれば自信をもてばいいはずだ。ただし、100パーセントわからないものにしなくてはいけない。全部わからないのが、いい。「ここがわからない」と言われるようではダメなのだ。ウォーホルは、こう、確信した。「とくにアートは作れば新しくなくなっていく」。